そう、「つまんねえ」と。
先生から押し付けられる説明、面白味のないいい子ちゃんの意見による板書。
この面白味のないいい子ちゃん達が感想文になると非常に面白い感想を書くのにどうして授業だとあんなにつまらないのか。
従妹から借りた慶応模試2題目でそれを思い出しイライラしたので書いちゃいます。
「1番で挙げたICTの長所と短所を踏まえ、ICTを活用した授業を提案せよ」
1番:
ICTを利用することは、資料が取り寄せやすくなること、情報を得たり他人と接したりすることが出来る場の広範囲化、プログラム学習によって、分野は限られるとはいえ、即時フィードバックが可能になること、ゲーム感覚で積極的に暗記が出来る事などと繋がる。
これは学習環境をデザインする上で重要な、活動・空間・共同体の三概念を満たす。学習する動機ともなる活動の「目標、そのものの面白さ、葛藤」にはICTによる広範囲での情報収集が役立つだろう。好みの分野について、偏見・虚偽等と格闘しながらより広く深く学ぶことがICTの使用で容易くなるのだ。また活動する空間の「居心地よさ、必要な情報やモノへの手の伸ばしやすさ、仲間とのコミュニケーション」も、様々な情報源に関わったり、掲示板などで交流したりすることで得やすくなる。またその仲間と関わる場である共同体は、「目標の共有、参加の保証、共同体のライブラリー」が、同じ目標を持った者達が集まりあうことで成立する。
従来の授業のように目標を生徒に与える、という形ではできない授業が、ICTを利用すれば可能になってくる。ただしICTを利用する上で注意すべき点も多数ある。ゲーム感覚での暗記のように、即時に情報を得られる事が多いからと、情報を得て、それを繋げたり深く考えたりする機械が失われてしまうかもしれないと言うことなどだ。その対策としては、が挙げられる。ICTのゲームプログラムでは、子供が面白さを感じるのは「答え方」のみだ。だから、答えそのものや解く過程に面白さを感じるようにする必要がある。
2番:
授業にICTを導入すれば、多くの人、教室の外の意見を即時に見ることができる。よってより広く、深く、普遍的な意見から偏見の入り混じった言葉まで、情報に接触しやすくなる。
よって、現代文の授業への導入を提案する。今まで私が接してきた現代文の授業に対し、私は「分かり切った事を教えられる」事への抵抗を感じてきた。特に教師が独断的な見方を教え、生徒はただ聞いているだけというものでは、日本史とは違って馴染のある文学でこのような授業を体験するということがつまらないと感じた。特に、先生の教科書を一度拝読した時衝撃を感じた。先生の説明と先生用の教科書に載っている文字が殆ど同じだったのだ。私の好奇心がそそられたのは、教科書から直接読む時や、面白い同級生の感想文を読む時くらいだった。
また、教師が生徒に感じたことや「登場人物はどう思ったか」を尋ね、まとめていく方式もやや難があるように思う。この生徒の考えに多様性があったのならば生徒同士の意見交換にもなる。教師による「ばらばらな情報や感覚をまとめる方法」をまなぶ場を作ることにもなる。だが、私の体験した授業では、その多様性が欠けていたように思う。
生徒は普遍的考えだけについて話をし、教師はマニュアルに沿ってまとめていく。資料4でいうところの「即時フィードバック」のようだと思う。定期試験でならそれでも良い点を取れるかもしれないが、普遍的考え以外の、清濁入り混じった考え方に触れそれらをどう自分のものにしていくかを実践しながら学んでいくことこそ、難しく、面白く、深く、思考力や表現力、問題解決能力を育てることに繋がるように思う。ICTは発想が教室内にとどまらない。また、資料で挙げられているが、膨大な資料などの移動の必要もないから身軽である。
そして教師についても述べたいと思う。ICTを利用した授業では、教師の朗読・説明の手間は省ける。だからこそ彼らには「考え方が分かれる物」についてのまとめ方調べ方を教えてもらいたいと思う。
正直1番踏まえてないし私怨だし、予備校で面倒見てもらったk先生にも苦笑いされてしまうかもしれませんがorz
書いた後で検索して、面白く読ませていただいた記事▼
なぜ国語の授業は、絶対につまらないのか
ちなみに私は、算数が好き、かつ数学が苦手→分かると好き なタイプ、かつ
現代文は得意目、かつ小論文が苦手な奴です。
つまりは読み専。